昭和44年9月22日 夜の御理解



 御理解の53節に、「信心すれば、目に見えるおかげより、目に見えぬおかげが多い。知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということが分かるようになる。そうなれば本当の信者じゃ」と。本当の者じゃということは、あれもおかげ、これもおかげと分からせてもらえる。そういう、もう全てがおかげと頂かせてもらえるようになるという事なんですね。
 私今日ある本を読ませて頂きよったら、あのー、えー、鹿児島の屋久島というところがあります。何千年という、あの杉がまだ、あの山に沢山残っておる。屋久杉という日本一の杉が出るところです。そこの、土地の言葉の中に、「人は人なか、木は木なか」という言葉があるそうです。「人は人なか。木は木なか」。なかなか、その偉い人の言葉といったようなものではなくて、えー、ね、普通の、まぁ俗人が、色々な生活体験から生まれて来た尊い言葉だと思いますですね。
 そういうあの言葉の中に、私は、今日のこの53節を合わせて感じます。確かにあれもおかげ、これもおかげなのだから、おかげ、自分がおかげと思うことだけを自分の手元に持ってきて、おかげじゃないと思う事は、向こうの方へ追いやろうとするような気持ちがある。
 これでは、人は人なかにならんのです。木は木なかと、という事はどういう事かというとですね、大きな木がこう立ってるでしょう。その中から一本、切り、切り倒しますとね、向こうの木までが枯れてしまうという事です。
 本当いうたらかえって楽になってよさそうですけれどもね。だから人は人なか。木は木なか。いかに自分のよい、都合のよいことだけを自分のものに、自分の手元に。自分の都合の悪い事は、向こうの方へ追いやろうというようなことは、いうならば自分を狭めることであり、自分を結局は小さく、枯らかしてしまうようなもんなんです。
 ですから、あれもおかげ、これもおかげと一つ分かるとです、ね、それは、なるほど人間関係なんかには色々ありますよ。もう本当にあの人が、根性の悪い人がおらんとさぞよかろうごとあるけれども、そういうのもおって、こちらも立っておるという事がよく分かります。
 私は今日その言葉を、お道の信心から頂いてですね、あれもおかげ、これもおかげであると。ということが分かるようになると、本当の信者じゃと仰るように、ね、様々な私とも人間生活の中に、その様々な煩わしい問題がありますけれども、その煩わしい問題の正体、実態というものを、よくよく見せて頂いておると、その問題もまたおかげである事が分かります。
 そこからおかげを頂いていこうというのが信心。ね、とりわけ今日私が頂きます、「人は人なか。木は木なか」と。そういう一つの理というものがですね、選民の中に、何時とはなしにそういう事がそうだという真理を、把握した言葉だとこう思うです。
 (心合わせて?)頂いて私共の周囲をいかに大事にしなければならないかという事が分かります。それも、みんなあれもおかげ、これもおかげなのですから、大事にしなければおかげにならんはずですよね。どうぞ。

梶原 佳行